検索

有限会社ナスカ一級建築士事務所
162-0052 東京都新宿区戸山3-15-1 日本駐車ビル4F
T 03-5272-4808 F 03-5272-4021

ヴェネツィアの水

ヴェネツィアはカルロ・スカルパを生んだ都市である。彼の独特な建築観はこの都市の空間性を抜きに理解することはできない。街のいたるところに細運河が入り込み、その水が直接建築に接し、内部に入り込んでくる。ヴェネツィアの地図は、建築と、街路や広場の外部空間と、さらに運河上の空間との、三つの色に塗り分けられる。この三色目が加わった途端に、都市空間は格段に複雑化し、「マッス」と「ヴォイド」、「内」と「外」、「図」と「地」、等と言った対比的な 理解がまったく役に立たなくなる。スカルパの建築にある、一目瞭然でない、物語性を帯びた小空間の連鎖も、この都市での編み目のような街路の逍遙を彷彿とさせる。しかしここで重要なことは、一つひとつが個性をもつバラバラな要素が、何かに引き寄せられてひとまとまりのものと認識できるような、要素の間に充溢しているものの存在である。ヴェネツィアの街ではそれが運河に満たされ海と同調して干満を繰り返す水の存在であり、建築においてはそれが気配であり、光であり、漂う空気であったりする。パリの古い図書館に延々と並ぶ閲覧机に身を沈めたときにも、そしてバンコクの蒸し暑い雑踏のなかで、センレックをすすろうというときにも、実はこの感じがする。スカルパは、何世紀も前の古いもの、展示されるべきオブジェの類、自ら付け加えたまったく新しい要素など多様なものを、互いの引力を作用させて、擦れ合う寸前でしかも渾然一体となる状態に引き寄せている。

「ヴェネツィアの水」